| 告白 町田 康 中央公論新社 2005-03-25 |
舞台となるのは明治初期、河内地方の小さな村。明治26年5月に河内国赤阪水分村で実際に起こった殺人事件をモデルに描かれた小説だそうです。物語の中で克明につづられるのは、主人公・熊太郎がこの村に生まれ、育ち、そして事件を起こすに至るまでの人生。彼の考え、彼の思い。
なぜ熊太郎はこんな事件を起こしたのか?―「人はなぜ人を殺すのか」。
どこまでが現実で、どこからが小説なのか、そんな境界すらあいまいになるような、すごい迫力でした。人が頭の中で考えていることを、感じていることを、美しいことも醜いことも全てが赤裸々に描かれるその模様は、圧巻です。まさに渾身の力作。すごいの一言。傑作です。
あの町田さん風の語り口と、この明治初期の時代の感じと、河内弁の雰囲気が絶妙にまざりあって、なんともすごい雰囲気をかもしだしています。でもそれが全然違和感ないというか、ベストマッチというか。「実際に起きた殺人事件」という重いテーマのこの作品が、ここまで暗くならずに最後まで描ききれているというところに、町田さんの筆力のすごさを思いました。
熊太郎は「頭の中でいろんなことを考えすぎてそれを言葉にできず、考えているうちに迷いが生じてまごまごしてしまう」癖がある男なのですが、この「頭の中で考えているいろんなこと」がつらつらと書き連ねられ、さらにあれやこれや「迷いが生じ」るその内容も具体的にとうとうと語られ、そのあげくに熊太郎がいかなる行動をとったか、という過程が微に入り細に入り、実に詳細に(しかもあの語り口で)描かれるので、それがおかしくもあり、しかしその内容は哀しくもあり、私は笑ったらいいのか泣いたらいいのか。くほほ。(←これ、伝染ります。)
自分の言葉が人に届かない、伝わらない。それ以前に、本当の思いが言葉にできない。自分でも「自分はこうである」というその事実を十分自覚していて、それなのに、それでも、できない。そのもどかしさと苦悩。そして彼はなんというかもう、馬鹿正直で、滑稽に、鮮烈に描き出される彼の姿に、傍で見ている方も歯がゆくて苦しくて。読み終えて、なんというか言葉がありません。すごいものを読んだ、と思います。
帯にある「人はなぜ人を殺すのか」という問いかけ。その答えは、これだけの枚数を費やしてなお、語りつくせないものなのかもしれないと思いました。