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呑まない日はあっても読まない日はない。というわけで、その日に読んだ本をできるだけ記録してみようという試みで始めました。コメントなど書いていただけるととてもよろこびます!
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猫はソファをかじる [リリアン・J・ブラウン]
4150772037猫はソファをかじる
羽田 詩津子 リリアン・J. ブラウン
早川書房 1989-08

過去には事件記者として華々しい活躍をしていたクィラランだが、現在担当させられているのは美術欄。編集長にその不満をぶちまけようとした矢先、今度はインテリア雑誌の編集をさせられる羽目に。なんとか創刊号の発行にこぎつけた彼だが、その中で紹介した家が泥棒に入られてしまい…。

シャム猫ココシリーズ、第二弾。すっかり気に入っていますこのシリーズ。こういう深く考えずに楽に読めるミステリィが心を癒すときもある…えぇ、そうです。そうですとも。

前作『猫は手がかりを読む』で主人を殺されてしまったココを引き取ったクィララン。彼がココと遊ぶ様子がなんとも…かわいらしく!そして楽しそうで!いいなぁ、こんなふうに遊んでくれるにゃんこがうちにいたら…おうちに帰ってもさみしくないのに。とってもうらやましくなってしまいました。っていうか、ココをちゃんと「相棒」として尊重して、きちんと対等に扱ってるクィラランは、ほんといい人なんだなぁと感心。見習わねばですね。ペットは人間の所有物じゃありません。

私は翻訳モノの登場人物たちの「会話」がどうもなじめず、なんというか…あの「英語の歌詞を日本語に直すとそこはかとなく変」というのに通じる違和感があって、一作きりとかだと彼らのキャラがつかめなかったりすることが多いのですが、こうやってシリーズで読んでいくと、だんだんわかってくるのがうれしいです。

とはいえ一度きりの登場人物だとやはり同じで…、日本のミステリィとかだと「こいつあやしいかも?」ってなんとなく思ったりするのが(当たってるにしろ外れてるにしろ)ミステリィを読む醍醐味だと思うのですが、翻訳モノではそれがさっぱりできない(笑)。だってみんな変な会話してるしさ…(なんであんなに「ちょっとおされなおもしろいこと」を皆ムキになって言うのか?言わないといけないのか?あれがアメリカンジョークってやつ?そしてそれが文化ということか…)。

というわけで、謎解きの方はまったく放棄気味だったのですが、でも読書としてとっても楽しかったです。事件がどうとか、犯人がどうというよりは、ただ読んで楽しい感じです。(ぶっちゃけもうどんな事件で誰が犯人だったのかおぼろなほどに…!)

今回はココの遊び相手(?)としてクィラランがもう一匹ネコを飼う事になります。名前は「ヤムヤム」。ココは男の子なので、ヤムヤムは女の子です。なんかかわいい名前だなぁ。今後はこの二匹が一緒にご活躍!の模様なので、またまた先が楽しみです。

「シャム猫ココシリーズ」読了分リスト
1. 猫は手がかりを読む
2. 猫はソファをかじる
| 海外作品(リリアン・J・ブラウン) | comments(2) | trackbacks(0) |
わが悲しき娼婦たちの思い出 [G・ガルシア=マルケス]
4105090178わが悲しき娼婦たちの思い出
ガブリエル・ガルシア=マルケス 木村 榮一
新潮社 2006-09-28

90歳を迎える記念すべき一夜を、処女と淫らに過ごしたい―。かつては夜の巷の猛者として鳴らした男と、14歳の少女との成り行きは?

先日、川端康成の『眠れる美女』を読んだので、(感想が書けませんでしたが)、それに想を得たというこの作品も読んでみました。「満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた」というなかなかに刺激的な一文から始まる、老人の恋の物語…(ですよね?)です。

ふぅむ…確かに、なるほど、あの作品が元になってるっていうのはわかりました。あやしい娼館で眠り続ける少女と、その少女の傍らで眠る老いた男と。そういう設定とかそこで起こる事件とか、そういうのはよく似ています。でもその「老いた男」のキャラがだいぶ違うというか、外国の方はまだまだお元気ねというか…印象はずいぶん違ったような気がします。そもそも彼らにとって「女」がどいういうものかという、その視点が違うし、その「女」をきっかけにどう展開していくかという、それも違いますもんね。

まぁ、私にはどちらの作品も正直「よくわかりませんでした」です。すいません。これがエロイとか言われても、わからないなぁ…。そうか、エロイのか…。 というか「恋」だと言われてもよくわかりません。まだまだ修業が足りない若造です。ふぅむ、いくつになったらこれがわかるようになるのかしら…。
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毛布おばけと金曜日の階段 [橋本紡]
4840222517毛布おばけと金曜日の階段
橋本 紡
メディアワークス 2002-12

お姉ちゃんは毎週金曜日、階段の踊り場で“毛布おばけ”になる―。あたしとお姉ちゃんと、お姉ちゃんの彼氏の和人と、3人で過ごすこの金曜日は、あたしが“家族”という言葉を実感できる瞬間であった。父と母を失い、姉妹だけになってしまってから、家族という言葉は意味をなくした。でも、金曜日の階段は、あたしにとって至福の場所なのである―。高校生・未明の周りに起こる様々な出来事を綴ったハートウォーミング・ストーリー。

今の私にはまさに「遠い日の花火…」という感じの、甘酸っぱい、フレッシュな物語でした。というかこういういわゆる「ラノベ」をものすごく久しぶりに読んだ気がします。

未明が語り手の「みちのながてをくりたたね」、和人が語り手の「花火の下、きみの微笑みを」、そしてまた未明の「缶コーヒーの行方」の三作品が収録されています。リアリティがあるような、ないような、不思議な物語たちでした。設定にはリアリティがないのかな、でも彼らの心の動きというかそういうものにはものすごくリアリティがありました。誰かを思う気持ちも、若さゆえの自己中も、そしてそれに対する嫌悪感も。あの空回りする気持ち。

ものすごくつらいことがあったときに、死ぬことも、狂って病院行きになることもできなくて、「毛布おばけ」になるしかなかったさくら。周囲からは「しっかりしている」「あなたがいれば安心ね」と言われている、そんな彼女が、一番壊れやすかった、ぎりぎりのところで生きていた、そういうのが、なんかすごく分かる気がしました。この物語の中に、さくらが語り手になる章はないけれども、でも彼女のことが一番苦しく気になる、そんな物語でした。
| は行(橋本紡) | comments(2) | trackbacks(1) |
陋巷に在り(2)呪の巻 [酒見賢一]
4101281149陋巷に在り(2)呪の巻
酒見 賢一
新潮社 1997-07

儒者の抵抗によって思わぬ苦戦を強いられた陽虎は、太古の鬼神・饕餮を召喚。瞬く間に儒者の屍の山が築かれていった。その凄まじさに孔子の弟子たちは恐れをなすが、一人、顔回だけは落ちついていた…。土俗的な術を使う政敵との熾烈な闘い、媚術で弟子を次々に骨抜きにする謎の美女の登場、孔子一門と顔回は…。

感想が内容にだいぶ触れておりますので、未読の方はご注意を。

一巻目の後半から続いている「陽虎の乱」の顛末にドキドキハラハラ。いちおうこれがどう決着するのかっていうのは、一巻の中でも触れられていたわけですが、それでもドキドキハラハラ。ついに顔回(がんかい)が実力を発揮して大活躍!でかなり爽快&夢中です。ふふ。やっぱり主役が活躍するのってうれしいですよね。

そしてその乱の話はそういえばちょっと時を遡っての話だったわ、というわけで、時を戻して後半は孔子の政治家としての活躍・目論見と、それをめぐる様々な人々の動きの話。少正卯(しょうせいぼう)とか悪悦仲桀(あくえつちゅうけつ)とか子蓉(しよう)とか、この上なく怪しげな正体不明の一味も登場し、目が離せません。彼らは味方なのか敵なのか…孔子も迷ってますが、私も迷ってます。(そりゃ孔子が迷うくらいなら私が迷わないわけないよね〜と変な納得の仕方をしてみたり)。

一巻目よりぐぐっと物語も人も動き始めたこの巻。一巻目よりかなり早いピッチで読むことができました。そしてこの巻は「あぁ、孔子が罠にはめられそうで大ピンチ!」というところで終わります。やっぱりあいつは悪い奴?!くぅ〜、三巻が手元にない…!

というわけで、風邪っぴきで家にひきこもっていてヒマだったのをいいことに、思わず一気に二巻目まで読んでしまったのですが、今度は一気に十三巻読みするのはガマンしよう!となんとなく決めました。少しずつ間を空けながら読んでいこうかな、えーと、二日とか。空いてない?でもあんまり空けると漢字の読み方とか忘れちゃうし…、というか、先が気になってそれ以上はガマンできそうにありません。

『陋巷に在り』既読リスト
陋巷に在り(1)儒の巻
・陋巷に在り(2)呪の巻
| さ行(酒見賢一) | comments(2) | trackbacks(0) |
陋巷に在り(1)儒の巻 [酒見賢一]
4101281130陋巷に在り(1)儒の巻
酒見 賢一
新潮社 1996-03

今日から四月。何かを始めるにはもってこいの一日!というわけで、今年の目標であるこの『陋巷に在り』(全十三巻)を、読み始めることにしました。なぜこの本が今年の目標なのかというと、本好きのためのSNS「本を読む人々」の「励ましあって読書会」というコミュの、年間課題図書だからです。十三冊だから毎月一冊くらい読むとちょうど一年ですね!という話だったのですが、時すでに四月…あわわ。というか酒見さんの本を毎月一冊なんてペースでは読めるわけがない(我慢できないに決まってる!)ので、ちょうどいいのです。ということにしたのです。はい。

しかしこの表紙、そしてこの帯。サイキックって…なんか他にもうちょっと言い様はなかったのでしょうか(汗)。酒見さんにこんなにはまってなかったら、そして課題図書じゃなかったら、絶対手に取らなかった一冊です。今読んでいることが、いろんなめぐり合わせの結果なんだなぁと思うと、なんだか不思議とうれしくてどきどきします。

で、この絵と帯に惑わされるのをヤメにすると、普通に面白い歴史小説です。私は図書館で借りて読んでいるので帯がなく、どういう話か一秒も知らずに読み始めたのですが、どうも孔子とその弟子であった顔回の話であるらしいです(それすら知らなかった模様)。なお、今見てみた本の紹介によるとこんな感じ。

聡明で強い呪術の能力を持ちながら、出世の野心なく、貧しい人々の住む陋巷に住み続けた顔回。孔子の最愛の弟子である彼は師に迫る様々な魑魅魍魎や政敵と戦うサイコ・ソルジャーだった…息づまる呪術の暗闘、政敵陽虎との闘争、影で孔子を護る巫儒の一族。論語に語られた逸話や人物を操りつつ、大胆な発想で謎に包まれた孔子の生涯を描く壮大な歴史長編、第一部。
だからサイコソルジャーってさ…(涙)。そういう雰囲気じゃないですよ?!そういういかがわしいというか、インチキっぽい感じじゃなくて…ねぇ、なんて言うんでしょうか。この時代だったら、これもきっとこういうのも真実!っていう感じしかしません。

あの酒見さん独特の、「物語を進めつつ、途中、著者によっていろんな解説がされたり薀蓄が紹介される」形式で繰り広げられる物語。もう慣れたからびっくりしないの…大丈夫。でもこういういかにも「私が書いています」という「書き手が作中にたびたび登場する」形式って、もしかして中国の古典(それこそ「三国志」とか「史記」とか)はこういう風に書かれているものなのかなぁ、と勝手に想像したりしています。いや、想像だけですけど。知識ないですし、確かめる予定もないですけど。

で、孔子の話なわけですが…私はなにしろ自信を持って「このあたりの歴史は何も知りません!」と豪語できるほどの無知ですので、(ちなみに今悩んでいるのは「孔子」と「三国志」はどっちが先?ということです。情けないわ)、読み始めは「また全くわからない世界に来てしまった…」とめそめそしながら読んでいたのですが、あらあらどうして読み進めるうちにちゃんと(それなりに)わかるようになってくるし、物語はものすごく面白いし、もう夢中!ってな感じに。相変わらず漢字が読めませんが…そこは雰囲気で。(それもだいぶ上手くなった。しみじみ)。

この巻では魯に仕える孔子の政治的活躍と、その弟子として立ち回る顔回の物語を軸に、「儒とはなにか」「礼とはなにか」みたいなことが丁寧に語られています。なんとなーく知っているようでいて、全く知らないこの世界を、こんな風に読んで知ることができるのはとても幸せです。どういう思想があって、どういう文化があって、当時の人々が生き、生活していたのか。そういうことがきちんとわかります。同時に、当時の社会情勢というか、いわゆる「歴史」の動きも追っていくわけで、勉強になることこの上ない。そしてそれが面白いんですから、もう文句なしです。

そして今思い出しましたが、私、小学校低学年の頃「論語」を習ってたんでした。なぜ?!なぜそんなものを習っていたのかしら?!本気でなぜ習う羽目になったのか覚えていません。内容も「子曰く、なんだっけ?」くらいに何も覚えていません。教室に行く日はおこづかいを50円もらえて、それで焼き鳥屋で毎回「皮」を買って食べてたことは覚えてるんだけど…。あれ。ほんと、なんでそんなの習ってたんでしょうね?古代中国の歴史とか言ってる場合じゃなくて、ほんの三十年ばかりの自分の歴史がすでに不明です。

さ、二巻に行かないと…。
| さ行(酒見賢一) | comments(0) | trackbacks(0) |